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2011.3.11 福島第一原発の真実がここに『小説 Fukushima 50』試し読み② | 小説 Fukushima 50 | 「試し読み(本・小説)」 - カドブン

2011.3.11 午後2時46分 東日本大震災発生。福島第一原発では、緊急時のマニュアル通り、原子炉の制御が進められていたが……。
>>第1回から読む

 第1章

  2011年 3月11日14時46分
   正門付近 毎時0マイクロシーベルト

 ドン!
 事務本館の廊下にいたあさは、いきなり、足下の床から激しい衝撃を受けた。
 一瞬宙に浮き、それからどすん、と仰向けでしりから床に落ちた。
 真理はパニックになった。
 えっ? 一体何が起こってるの? ガス爆発? 爆撃? まさか──テロ? 書類が宙を舞い、その向こうで書架がぐらぐらと揺れて倒れた。ガシャンと何かが音を立てて割れ、キャーッと悲鳴が上がった。
「地震だぁ、頭守れ!」誰かの叫び声を聞いて、真理はやっと我に返った。
 そうか地震だ! 床一面が大きく、激しく上下している。寝返りを打つようにして、うつ伏せになると、頭を両手で覆った。
 激しい揺れ。ゴウゴウと、地鳴りのような不気味な音がとどろく。ぞうろつき回される。真理の45年の人生で、一度も経験したことがない大きな地震。いつ果てるとも知れない凶暴な揺れに、真理は恐怖を覚えた。もしかしたらこのまま地面が割れて地中に吸い込まれちゃうんじゃないかしら?。
 だが、1分ほどして、揺れは静かに収まっていった。
 パラパラと、天井から何かの破片が落ちてきた。頭を抱えて震えていた真理は、おそるおそる、顔を上げる。
 つい数分前まで整然としていた事務本館が、無残に散らかっていた。机の配置がめちゃくちゃ、コピー機やパーテーションも横倒しになっている。その隙間を埋めるように、書類やファイルが散乱していた。
 一面に舞うほこりせきみながら、ゆっくりと立ち上がる。足が震え、壁に凭れなければ転んでしまいそうだった。突然の出来事にぼうぜんとしながら、真理は必死に考えた。こういうとき、どうするのだっけ? 何から手を付ければいい? それより、家族はどうなっただろう? 母は? 夫は? 皆、無事でいる?
 頭の中が混乱して何もまとまらなかった。一体どうすればいいんだ──。
「皆、大丈夫か!」
 背後で男の声がして、真理は振り返った。
 その男の顔を見て、真理の中から不安な気持ちが吹き飛んだ。
「しょ、所長!」
「おう、浅野も無事か」福島第一原子力発電所所長、よしまさが、太い声で答えた。
 身長は180センチを超える堂々たる体格に、せいかんな顔つき。2階の所長室から駆け降りてきた、敷地面積350ヘクタールを誇るこの巨大な1Fで6千人以上の従業員を束ねる男は、1階の惨状をぐるりと見回してから、よく響く声で言った。
「いいか! 皆、まずは落ち着け。それから怪我人をチェックしろ。各班で点呼して全員揃っているか確かめるんだ。安否確認が大事だぞ。いいな、しっかりやれ!」
 矢継ぎ早の指示。その迷いのなさに、真理も冷静さを取り戻す。
 所長が言ったとおりだ。まず落ち着け、落ち着くんだ私──。
「俺は緊対へ行く。後は頼んだぞ」
「はい!」真理も腹から返事をした。
 もう混乱はしていなかった。まず各班長に連絡して、点呼の結果を私が取りまとめる。もし怪我人がいれば手当をしないといけないから。応急キットを探して、多めに用意しておこう。それから──。
 ふと、家族のことが頭をよぎる。だが一度、それは脇に置いた。家族は皆、私と似て図太い。大きい地震だったけれど、多少のことなら無事でいてくれるだろう。うん、きっと大丈夫。そのはずだ。
 おおまたでのしのしと、事務本館に隣接する免震重要棟へと向かう吉田の後ろ姿を見送ると、真理は、てきぱきと、今、自分がすべきことに猛然と取り掛かっていった。

    *

「動くな! 動くんじゃない!」
 尋常ではない地震だと分かった瞬間、伊崎は、当直長席の机にしがみついて叫んだ。
 同時に、中央制御室に詰めていた、当直副長を始めとする13人の運転員たちも、各々「しゃがめ!」「つかまれ!」と声を上げる。手すりに摑まり、あるいは床にへたり込み、それぞれ暴力的な揺れに必死で耐えている。
「落下物に気を付けろ! 頭を下げて、身を守れ!」
 そう指示をしながら、伊崎は逆にしっかりと顔を上げ、周囲の様子を見る。
 ゴウゴウと大地が足下を突き上げる。机の上からパソコンや電話、ファイルが落ちて、ガシャンガシャンと大きな音を立てる。部屋の中央に掲げられていた『安全三原則 止める 冷やす 閉じ込める』と書かれた壁掛けパネルも、傾き、落ちる。
 事務本館の南東約400メートルに位置する原子炉1号機と2号機の間にあるサービス建屋2階、中央制御室。通称「中操」には窓がない。だから、外がどうなっているかはまったくわからない。伊崎の頭の中を、プラントの各所で働く同僚たちの顔が過る。あいつらは皆、無事か?
 よくない事態を想像しながらも、伊崎はしかし、迅速に、
「スクラムするぞ!」と、今すべきことを指示した。
 スクラムとは、原子炉の緊急停止のことだ。
 炉心にある核燃料は、ウランの連鎖反応により、熱を発生している。この炉心に、中性子を吸収する制御棒を挿入することで、連鎖反応が止まり、原子炉も止まる。
 今、最も恐れるべきは、原子炉が暴走し、制御できなくなることだ。そうなる前に、原子炉を緊急停止スクラムしなければならない。それは、百戦錬磨のプラントエンジニアである伊崎の身体に、訓練を通じて染みついた『鉄則』だった。
 もちろん、それが染みついているのは伊崎だけではない。
「1号、ハーフスクラム!」
 すぐさま誰かが叫んだ。伊崎の指示より前に、すでにスクラムが起動していたのだ。
「2号、ハーフスクラム!」
「1号、スクラム!」
 いまだ激しい揺れが続く中、制御盤にかじり付いた運転員たちが次々と報告を行う。その声は、激しく鳴り響くアラームと、ギシギシと建物が発する不穏な音に搔き消される。
「2号、スクラム! 制御棒CR全挿入!」
 それでも、制御盤のパネルに並ぶランプを凝視しながらの絶叫が続いた。
 スクラムを示す赤ランプの点灯とともに、地震が少しずつ収まる。いまだ中操には、火災報知機のジリジリジリという音と、制御盤が異常値を感知したことを示すファンファンファンというアラームが鳴り響いている。
 だが、まず原子炉は『止め』られた──。
 と、思った瞬間、中操の照明がすべて落ちた。
「どうした?」と問う伊崎に、
「外部電源喪失!」と、誰かが暗闇の中で大声を上げた。
「外部電源喪失、了解!」伊崎はすかさず叫び返す。了解を付した復唱は、この場にいる全員の頭に状況をたたきこむための『ルール』だ。
主蒸気隔離弁MSIVへい!」
「MSIV閉、了解!」発電機で作られた蒸気は、タービン建屋に運ばれ、そこで発電機を回して電気を作る。その蒸気を運ぶ配管の主蒸気隔離弁MSIVが閉じたということは、原子炉系を他から分離し『閉じ込めた』ことを意味する。
 その調子だ、と伊崎が心の中でつぶやいたとき、パッと照明がいた。
ディーゼル発電機、起動!」
「DG起動、了解!」
非常用炉心冷却装置、待機!」
「ECCS待機、了解! いいぞ、そのままだ!」
 制御盤を見ながら、伊崎はようやく、当直長席の背にもたれてあんした。
 DGは非常用の発電機であり、ECCSは有事の際に働く、炉心を『冷やす』機械だ。止める、冷やす、閉じ込める。緊急時のプロセスは、問題なく順調に進んでいた。

    *

「スクラムしたか?」
「はい! 稼働中の1号、2号、3号、すべて緊急停止しました!」
「よし、本店に連絡しろ! それから、死傷者がいないか確認しろ、いいな!」
 昨年7月にしゆんこうしたばかりの免震重要棟2階にある緊急時対策室、通称「緊対」に、復旧班長のぐちのぶゆきが赴いたとき、すでに『本部長』のベストを着た吉田所長は、皆につばを飛ばして指示を出していた。
 緊対は広く、いつもは閑散とした部屋だ。だが、今は多くの人々が詰めている。中央に幹部が座る円卓があり、その周囲を『復旧班』『発電班』『技術班』『医療班』『保安班』など、それぞれの役割に応じた島が囲む。円卓の背後には、東京本社すなわち本店とのテレビ会議を行うための巨大なディスプレイがあり、今は地震のニュース映像が流されていた。
 アナウンサーの緊迫した声を聴きながら、樋口が急いで『復旧班長』のベストを着ていると、
「遅いぞ樋口!」と、吉田が怒鳴った。
 樋口より2年先に入社した吉田は、怖くもあり、優しくもあり、尊敬できる先輩だ。
「すみません!」大声で謝りながら、樋口もさっそくプラントの状況把握に入った。
 これがの地震だということはわかっていた。プラントにも被害が出ているだろう。基本的に頑丈な施設ばかりだが、無傷というわけにもいくまい。その箇所が原子炉にとって致命的な施設ではないことを祈るが──。
「報告! 震度6強です!」誰かが、裏返った声を発した。
 反射的に、ディスプレイを振り返る。
 右下に、点滅する赤と黄色の線で縁取られた日本地図が表示されていた。
「津波が、来るな」吉田が、けんしわを寄せて呟く。
「大丈夫ですよ、原子炉は海抜10メートルありますから」誰かが、答えた。
 確かに、原子炉が収められた原子炉建屋、それに隣接するタービン建屋やサービス建屋など、1Fの主要な建物は有史以降の津波に耐えられるように海抜10メートルの場所に造られている。津波がきても、大丈夫なはずだ。
「…………」吉田はほんの一瞬、深く考え込むようにうつむき、目を細めた。
 だが、すぐに顔を上げると、今もなお続々と集まり始めていた面々に向かって、声を張り上げた。
「皆、こういう状況だ。焦るな。しっかりと、ひとつひとつ確認して対応するんだ。いいか、慌てるなよ!」
「はい!」
 皆が作業を続けながら、一体となった返事をした。

(第3回へつづく)


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